張惠笙(アリス・チャン)

IMG_1816.JPGインタビュアー=須川善行+細田成嗣(2017年9月22日)

◯音楽的なバックグラウンドはない?!

―― まず、アリスさんの音楽的なバックグラウンドについて聞かせてください。

アリス 音楽的なバックグラウンドなんかありませんよ。

―― 本当ですか?(笑)

アリス いや、本当なんですよ。私はアートを勉強したんです。17歳までは台湾に住んでいて、その後サウンド・アートを学びにメルボルンに行ったんです。音楽家としての教育やヴォイス・パフォーマンスのトレーニングは一切受けていません。

―― サウンド・アートの勉強では、具体的にどのようなことを学んでいたんですか?

アリス メディア・アート学科で勉強したので、ヴィデオ作品なども創作していたんですが、基本的には音に関わる作品制作をおこなっていました。音といってもとりわけ声ですね、学部の一年生のときから声を用いた作品制作をおこなっていました。たとえば自分の声を録音した素材を組み合わせて作曲していましたし、もちろん声を用いた即興演奏もおこなっていました。一年生のときには音の出る玩具を使って録音した作品も作ったことがあるんですが、それを除くとすべて声に関わるものでした。

―― 声の可能性に着目するようになったきっかけは何ですか?

アリス とても直感的なことなんです。パフォーマンスを始めるようになってから、それを振り返ってみると、声のいろいろな可能性が見えてきました。自分が外国に、つまり言語が異なる環境にいたせいもあるでしょう。私にとってパフォーマンスやアートの一番大きな要素は、コミュニケーションに関係していることです。それで、コミュニケーションをとるときにもっとも直接的な力を持っている媒体として、声を見つけたんです。

―― 声を使ったパフォーマンスは、大学に入る前からやっていたんですか?

アリス 高校時代に合唱をやっていたことはありますが、真面目にヴォイス・パフォーマンスをやっていたわけではありませんでした。

―― つまり、ヴォイス・パフォーマンスをやるために大学に進学したというよりは、大学に入ってからヴォイス・パフォーマンスに目覚めた?

アリス そうですね。

―― 声を使った表現を始めるにあたって参照したヴォイス・パフォーマーはいたんですか。

アリス ヴォイス・パフォーマンスを始めた大学二年生のときに聴き始めて、大きな影響を受けたアーティストに、スペインの作曲家/パフォーマーのファティマ・ミランダ(Fatima Miranda)がいます。私にとってビッグ・アイドル的な存在です。ミランダはインドで勉強した人で、図形楽譜を描いたり、自分自身の声を録音した素材を使って曲を作ったりしています。

―― 大学では、声を用いた作品制作やパフォーマンスをする仲間が周りにいたんですか。

アリス いや、いませんでした。録音された素材を組み合わせて作品制作をおこなう仲間はいましたけどね。二年生の頃までいっしょにやっていたチェリストとギタリストの人たちがいて、お互いの音を素材にして共作したりしていました。

―― アリスさんの声を使うテクニックはとてもユニークなものですが、それは独学で発展させたものなんでしょうか?

アリス そうですね。ただ、他の人といっしょに演奏する中で、声の技術を発展させていった側面はありますね、ときどき相手の音を真似してみたりとか。たとえば一年生のときにチェリストの人とよくいっしょにやっていたんですけど、その人の演奏はプリパレーション(器具などを使って楽器の音を変えること)を楽器に施したものだったり、特殊奏法を駆使したものだったりと、とても複雑なサウンドを出していました。それを声で真似することで、新しい声の使い方を発見していったことがありました。

―― いわゆるふつうの歌を歌うことにはあまり興味が向かわなかったんですか?

アリス 私は音痴なんですよ(笑)。口笛も吹けないし。ストレンジなことをやる方が向いているんでしょうね。

◯ヴォイス・パフォーマンス

―― 9月17,18日の京丹後でのサウンドツアーを経た後のアリスさんのパフォーマンスは、それまでのものと比べて少し変わったなと思うところがありました。山の中のサウンドだとか、虫の音だとか、崖に立って聴こえてくるものだとか、そういった要素がアリスさんのパフォーマンスにフィードバックしているような気がしたんです。それは「真似する」という意味で、アリスさんのヴォイス・パフォーマンスを発展させるきっかけにもなったんでしょうか。

アリス もちろんです。けれども、私のパフォーマンスはいつだって変化しています。すべての環境、すべての状況、すべての文脈が、いつも私のパフォーマンスを変えていきます。それは私がパフォーマンスをやる空間に対してつねに意識的であるということとも関係しています。

―― 具体的に、たとえば蝉の声を真似して出してみた瞬間などはありましたか?

アリス そんなパフォーマンスしたかしら(笑)。でも、昨日(9月21日)のせんだいメディアテークのライヴでは、周りがとても大きな音を出していたので、音階というよりは周波数を意識して、自分の声が通る場所を探していましたから、ちょっと虫みたいだったかもしれませんね。

―― アリスさんは楽器を演奏することはないんですか?

アリス 真剣に取り組んだことはないですね。小学生の頃にピアノを練習したことはありますが、親からやれと言われてやっていただけなので、どちらかというと嫌いでした(笑)。
 でも、じゃあアートのバックグラウンドがあるかといえば、それは人によってさまざまな意味に変わります。私にとってメディア・アートとは、人間の経験にフォーカスする試みだと思います。だから聴衆がどのように経験を受け取るかを考えてパフォーマンスをおこなったりもします。空間を意識したり、聴衆との親密さを意識したり、今いるところから別の場所に聴衆を連れていってしまうような。そういうことがメディア・アートの本質であり、私のバックグラウンドだと思っています。

―― それはよくわかります。これは喩えがあまりよくないかもしれませんが、アリスさんのパフォーマンスって、こうもりみたいなんですよね。つまり、空間に対する特別な意識があるように思います。音楽的なバックグラウンドがあるヴォイス・パフォーマーは、たいていステージに立って声を聴衆に届けるといった側面があるように思いますが、アリスさんの場合は会場がどのような空間になっているのかを、声を用いてリサーチしているように見えます。

アリス そういうことに関してはとても意識的に取り組んでいます。自分がこうもりみたいだと思ったことはないですけどね(笑)。

―― すると、ライヴハウスのような音楽のために設けられた空間でパフォーマンスするより、今回のツアーで回ったような美術館や小学校のような音の目的が定まっていない空間でパフォーマンスする方に興味を惹かれる?

アリス どちらも興味がありますよ。それぞれの空間にそれぞれのやり方があると思います。ライヴハウスにもそれぞれのライヴハウスごとに異なる空間特性がありますよね。それは美術館という空間と相互作用しながらやるのと同じです。昨日のせんだいメディアテークだと音響的な広がりが全然なくて、音の響き方が場所によってどのように変わるか、ということを探しながら動いていく必要が自分にはありませんでした。昨日はみんなが大きな音を出していたので、自分もマイクを使った声の出し方のテクニックを用いてやっていたんです。マイクを使うこと、機械を通して声を大きくして出すこと、これも媒体としての声を通してコミュニケーションを取る方法のひとつです。何かを通して自分の声を発するときに聴衆に聴こえる声は、私自身の個人的な声からは離れたものです。それは全員で共有できるような「声」に近くなっていく。自分がいて聴衆がいて、その間にあるような「声」といえばいいでしょうか。

―― マイクをヴォイス・パフォーマンスの一部として使用するという話では、たとえば今回のツアーでいっしょのC・スペンサー・イェーもマイクがなくては出せない声を使っていますよね。けれどもアリスさんのマイクの使い方は、それとは異なるように感じます。

アリス スペンサーは声をひとつの音響素材として扱っていますよね。彼は声に限らず他の素材も使っていて、それらにエレクトロニクス処理を施して抽象化していきます。けれども私の場合はそれとはまったくアプローチが違っていて、自分の声を自分自身の中で抽象化するプロセスそのものが大事なんです。だから、同じようにヴォイス・パフォーマンスをおこなっていても、マイクの捉え方が違っているのだと思います。私にとってマイクは、たとえばフレームであったり、ステージであったり、ヴィデオ・スクリーンであったり、そういった媒体の空間と同じもので、その中で自分の声を抽象化していくプロセスに興味があるんです。

◯作曲とワークショップ

―― いわゆる音楽的な作曲作品を作ることがないとしても、サウンド・アートで作品を作るときには、音を構造化して配置するわけですよね。そこには即興的な要素をどのくらい取り入れているんでしょうか。

アリス さっき音楽的なバックグラウンドがないとはいいましたが、それはあくまでも伝統的な音楽教育を受けていないという意味です。現代音楽、実験音楽、他にもさまざまな文脈がありますけど、サウンド・アートもひとつの「音楽」だとはいえますよね。そういうバックグラウンドはあるわけです。
 それをふまえた上で作曲について言えば、そこには二つの側面があると思います。ひとつは録音される作曲、つまりCDとしてリリースされたりするものですね。もうひとつはライヴ・パフォーマンスにおける作曲です。「録音される作曲」では、なるべく即興的な部分を残すために、途中で切らずに一発録りで録音することが多いです。その場の勢いみたいなものを大事にしたいんですね。「ライヴ・パフォーマンスにおける作曲」についていえば、ライヴで即興することは、ある意味でその場の判断で作曲をし続けているということだとも思います。その意味では、即興の中にも作曲というものがある。即興でヴォイス・パフォーマンスをやるときには、慣れとか手くせのような、自分がいつもやるパターンをつねに打破しようという意識でやっています。たとえばライヴ・パフォーマンスでは「こういう声をいま出すのがふさわしい」と思う瞬間があってもそれをあえてやらない、とか。パフォーマンスには「驚き」がとても大事だと思うので、その「驚き」をいかに連続させることができるのか、それをいかにひとつの作品としてまとめていくことができるのか、ということを心がけています。

―― では、作曲の方面では、アリスさんはどういった作品を手がけているんでしょうか。

アリス グループで音楽を生み出すための作曲をしたりしています。そういうときには、最初にワークショップをやります。たとえば、12人~20人ぐらいの、いわゆるパフォーマーではない人たちを集めて、シンプルな構造の曲を用意した上でみんなで声を出してみて、たくさんの声が飛び交う空間の中で自分の声がどうなるのかを探ったり、といったことをやります。簡単な即興ゲームのようなものをやることもあります。

―― 面白いですね。ワークショップについて、もう少し具体的にお聞きしてもいいですか?

アリス いくつかはネットにも上がっていますが、基本的にはふたつのタイプがあります。ひとつは、聴衆の人たちとやりとりをしながらパフォーマンスをするというもの。もうひとつは、聴衆の中からやりたい人を募って、その人たちに出てきてもらってやるものです。
 たとえば、とてもシンプルなものに、2005年に最初に聴衆といっしょに声を使ったパフォーマンスがあります。まずみんなで公園に行って、ひとりひとりの参加者にすごくシンプルなインストラクションを与えるんですね。たとえばある人は「アアアアア」という声を出すように、別のある人は「ホッホッホッホッ」という声を出すように、ひとりひとり違う声の出し方をするように指示します。その後2チームに分かれて、それぞれ別のボートに乗って公園の中にある湖に出ていきます。人のいないところまで漕いでいって、周りに自然しかないような環境に到着したら、少し距離の離れた両岸にそれぞれのチームが陣取ります。そこで対岸のボートにいる人とふたりひと組のペアになってもらって、自分が担当している声を出すと、ペアの人が同じように自分の担当している声で応えるようにしてもらいます。声が聴こえたらすぐに応答しなければいけないわけではなくて、それぞれが自分のタイミングで応答する。こういったとてもシンプルなパフォーマンスだったんですが、やった後のフィードバックがとてもよくて、超現実的な空間が現れたというか、みんなが非日常的なところで、言葉を介しているわけではないコミュニケーションによってつながるという体験を得ることができました。参加者にとっても、私個人としても、すごく大きな経験になりました。

―― そういった作品は、別の場所でやることも想定しているのでしょうか? それともその場所でなければ成立しないような作品として捉えているのでしょうか?

アリス どういうふうにアイデアを得て曲を作ったかにもよりますが、多くの場合は特定の場所から着想を得て作っているので、その意味では別の場所でやることは難しいでしょう。たとえばいま説明した作品に関していえば、これをやった公園は特別に鳥が多く生息している場所で、その鳥の声もパフォーマンスの一部にとりいれるつもりで作りました。同じインストラクションだけ抽出して別の場所でやったとしても、それはやはり別のパフォーマンスになってしまうでしょう。それにこの作品は簡単な指示とゲームがあるだけなので、実際に作っていくのは参加している人たち自身で、参加している人たちが変われば、当然パフォーマンスも違ってくるでしょうね。とはいえ、同じようにフィードバックするものはあるのかもしれませんが。

◯自主運営スペース「聽說」

―― アリスさんは台湾の台南にご自分のスペースをお持ちおもちで、そこでもワークショップやパフォーマンスをやっていると聞きました。どういうスペースなのか教えていただけますか?

アリス オーストラリア出身の実験音楽家で、私の夫でもあるナイジェル・ブラウンといっしょにやっている「聽說」(http://tingshuostudio.org)というスペースですね。台湾の台南にあるんですが、パフォーマンスをやるようになったのは去年の8月からなので、まだ1年ぐらいの新しい試みになります。そもそも「実験音楽」というもの自体が台南だとまだ新しいというか、珍しいものなんです。ですから、私たちのスペースはコミュニティ・スペースや教育のための場所として機能させていくことも意識しています。それとスペースをやる上でふたつの柱にしていることがあります。ひとつは敷居を低くすること。親しみやすくて入って来やすい場所にしていきたいですね。もうひとつは来た人に居場所を与えるということ。積極的に対話を交わすことによって、初めて来た人でもコミュニティの一員に所属しているという実感が得られるような場所にしていきたいんです。

―― どのくらいの広さの場所なんでしょうか?

アリス とても小さなスペースです。日本でいうと、だいたい24畳ぐらい? 築50年ほどの建物で、1階がイベント・スペース、2階が居住空間になっています。コンサートの前に用意した食事をふるまったりすることもあります。だいたいいつも20人ぐらい来てくれますが、ワークショップをやるときは参加者10人ぐらいに制限しています。コンサートやイベントと同じぐらい大切にしていることがあって、それは集まった人たちと対話を交わすことです。今はこういうふうにインタビューを受けていますが、台湾だと実験音楽に関するテキストがほとんどない状態なので、それについて直接言葉を交わしていくことが非常に重要なんです。もうひとつ大事にしていることは、出演するアーティストに挑戦的になってもらうということ。たとえばアーティストが何かを演奏して、それを受け取った聴衆が感激して終わり、ということではなくて、そのアーティストが聴衆から学ぶこともあると思うんです。それにパフォーマンスするといっても、場所自体があまり大きいわけではないので、アーティストを呼ぶときには、自分のベストのパフォーマンスをやってもらうというよりも、今までやったことのない新しいことを試してみるとか、実験的なことをやってほしいと思っています。この場所を自分の新しいアプローチを探すことに役立ててほしいと思っているんです。アーティストにとっても聴衆にとっても、これからにつながるような経験が生まれていくことが大事だと考えています。

―― スペースの出演者はやはり台南の人が多いんですか? 外国から招聘したりすることもあるんでしょうか?

アリス とても小さなスペースで経済的な力もあまりないので、飛行機代を出してアーティストを招聘することはやっていないんですが、ミュージシャンが海外から出演しに来ることはあります。アジアのツアーをするための助成を受けて、その一環として「聽說」にも寄っていただけたり、というように。実は、外国のミュージシャンからも頻繁に問い合わせのメールをいただくんですが、とても小さなスペースなので、コンサートは1ヶ月に1回しかやっていないんです。ですから、海外のミュージシャンが来てくれるときには、必ず台南のミュージシャンも同じ日にブッキングするようにしています。貴重な機会になりますからね。

―― アーティストとしても、オーガナイザーとしても、アリスさんの活動はこれからますます重要なものになってくるのだと思います。今回のアジアン・ミーティング・フェスティバルのツアーは、アリスさんとしてはどのように受け止めていますでしょうか?

アリス 短いスパンでこんなに何回もパフォーマンスをしなければいけないのは初めてで、しかもすごく極端な方法で声を出し続けていかなければいけない場面が多いので、それぞれのコンサートでベストなパフォーマンスができるよう、自分のエネルギーをコントロールすることにはとても気をつけていました。それと自分自身、台南でスペースを運営しているオーガナイザーでもありますが、他方では旅人でもあるというか、いろいろな国にレジデンスに行ったり、いろんな場所に滞在してそこでパフォーマンスをすることもとても多いんです。だから、私にとって「ミーティング」はすごく大事なことなんです。人間と人間をつなげますからね。その意味でも、アジアン・ミーティング・フェスティバルはすごくいい体験になっています。