ソンX

ソンX

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インタヴューア=大石始

◯ベトナムの伝統歌劇

――今回アジアン・ミーティング・フェスティバルに参加した感想を聞かせてください。

 私はふだんヨーロッパでの公演が多いんですが、向こうは仕事は仕事で、それで終わり。でも、今回は同じアジアの方々が集まっているので、いつもより人と人の距離が近くて、もうすぐみんなと別れないといけないと思うと、とても寂しいですね。

――僕が拝見したのは東京公演の3日目、青山Spiralでの公演だったんですが、あのとき演奏していた楽器の名前を教えてください。

 蓋があるのがナオバッ、小さいほうがティエウカインというベトナムの伝統打楽器です。チェオ(Cheo)やカイルオン(Cai Luong)といった伝統的な歌劇でよく使われますね。あとは自作の楽器です。

――お生まれはハノイですか?

 今はハノイ在住ですが、出身地はハノイからバスで30分ぐらいいったところにあるバクニンです。クァンホ(Quan họ)という伝統的な民謡で有名な場所ですね。

――そのバクニンで生まれ育ったことがソンXさんの表現に影響を与えた部分はありますか?

 もちろんあると思います。子供の頃は画家になりたかったんですよ。でも、当時のベトナムは今以上に閉鎖的で、ヨーロッパとの文化的な交流も少なかった。それで父から『将来のためにチェオの太鼓を勉強しなさい』と言われまして、ハノイ演劇学校で太鼓を学びました。幸いなことにチェオの世界でも有数の腕を持った先生に師事することができ、彼のもとで一所懸命勉強することで、多くの方から労力や才能を認めてもらえるようになりました。

――ベトナムの伝統歌劇には、チェオ、カイルオン、トゥオン(Tuong)という三種類があると聞いたんですが、それぞれどのような特徴があるのでしょうか。

 チェオはベトナム北部の庶民が作ったもので、日常生活の話などがテーマとなっているケースが多いんです。それに対して、カイルオンはもともと南部で生まれたもの。現在では全国に浸透していますね。トゥオンはもともと中国から伝わった芸術ですが、ベトナムに入ったことで独自のものになりました。トゥオンは貴族に関する話が多いんです。

――そのなかで、ソンXさんが専門的に取り組んでいるのがチェオ。

 そうです。チェオにも古いものと現代的なものがあって、古いものは10人程度で演じられますが、現代的なものだと30人ぐらいの編成で行われることもあります。私が取り組んでいるのは古典的なチェオなんですが、ベトナムが統一された1976年以降、古典的なチェオはだいぶ下火になってしまいました。というのも、ベトナム統一以降の『新しいベトナムを作っていこう』という気運のなかで現代的なチェオの作品が数多く作られるようになったんですね。また、80年代後半に入って諸外国との文化交流が盛んになっていくなかで、チェオもお客さんの趣味に合わせた現代的な題材のものが求められるようになってきました。そうした背景もあって、今では古典的なチェオはほとんど演じられていません。ベトナムの伝統的な芸術がなくなりつつある現状については本当に残念に思いますね。

◯伝統音楽と実験音楽

――そうした伝統歌劇をやっていたソンXさんが、電子楽器や即興演奏を交えた音楽活動を始めるきっかけとは何だったのでしょうか。

 エアソラ(Ea Sola)というベトナム系フランス人のコンテンポラリー・ダンスの振付家がベトナムで作品を作ったことがあったんですね。そのとき彼女が太鼓の演奏家を探していて、私と一緒にやることになったのがきっかけです。エアソラとは10回ほど一緒に作品を作りましたし、それをきっかけにヨーロッパの国々でも演奏するようになりました。そのなかで伝統的な文化も重要な価値があるということに気づかされたんです。それは本当に大きな財産だと思います。また、即興演奏に関していえば、伝統的な芸術において即興という技術は必須です。ヨーロッパでは作家が作ったものをそのまま演奏しますが、チェオの世界では即興技術ができなければいい演奏家とはいえないんです。その意味では私は昔から即興演奏をやってきたともいえます。

――ソンXさんは伝統音楽と実験音楽を股にかけた活動を行っているわけですが、共通したテーマとは何でしょうか?

 「ミックス・メディア・ミュージック」ということですね。音楽だけでなく、ダンスも含めたミックス・メディア・ミュージック。また、伝統的な芸術が失われつつある現状に視点を置きつつ、どのような表現を生み出せるか。そこもまた重要なテーマでもあります。

――現在のハノイの音楽シーンについては、どのように思われますか?

 ハノイは大きな町ですし、オーディエンスもアーティストもたくさんいます。ただし、アーティストや劇場の多くは、常に経済的な困難に立ち向かっているともいえます。ベトナム政府は伝統的な芸術を復興させるための援助活動も行っていますが、こちらは観る人が少ない。流行の音楽とは違うからです。各劇場の考え方、やり方にも問題があるでしょうね。本物の芸術を守っていかないといけないんです。

――今後の活動に対するヴィジョンやアイデアなどあれば教えてください。

 一番近い将来でいえば、現在、経済的援助を申請してベトナムの伝統的な芸術を復興する活動に携わっています。私の考えでは音楽や芸術系の大学と協力してやっていきたいと思っています。各大学の方々からは私のアイデアに賛成していただいているんですが、やはりお金の問題はありまして。そのプロジェクトが今後どのように継続していけるか、現在は申請の結果を待っている状態です。