"『Tanah + Air』Senyawa初のインドネシア単独公演レポート" 山本佳奈子

『Tanah + Air』Senyawa初のインドネシア単独公演レポート山本佳奈子

senyawa2.jpeg 2016年12月22日木曜日。オランダ統治時代1821年に建てられた劇場Gedung Kesenian Jakarta。約300名ほどが座るエンジ色の座席は正面のステージに向かって緩やかに傾斜し、天井中央には豪華なシャンデリアがぶら下がる。正面のステージは、座席と同じエンジ色のカーテン幕で閉じられており、インドネシアの童謡のような曲がBGMとして再生されている。

 開演直前、まるでエンターテイメントショーが始まるような意気揚々としたアナウンスが入る。声の主は、ジョグジャカルタの音楽レーベル、YES NO WAVE MUSICのWok The Rockだ。彼を知っているらしき観客から笑い声が起こる。

 暗転し幕が開くと、インドネシアの影絵劇ワヤン・クリを思わせる仕掛けで、スクリーンにWukir Suryadiの影が浮かび上がる。スクリーンの向こう側にいるWukirは、竹でつくった自作楽器Bambu Wukirを弓で弾く。少しして、Rully Shabaraの影も映り、Rullyの低い声が重なる。2人の音が、劇場の高いアーチ型の天井までいっぱいに響き、Senyawaにとって初めてとなるインドネシアでの単独公演が始まった。

 前半セットでは、アルバム『Acaraki』に収録された曲が多く演奏された。前夜のゲネプロもすべて見させてもらったのだが、彼らの楽曲におけるアレンジは即興演奏を多用するため1回たりとも一緒だったことがない。つい2週間前、Asian Meeting Festivalのときに見た演奏ともまた違ったアレンジになっていた。

 5曲目あたりから、スクリーンには映像も投影される。今回のコンサートのタイトル『Tanah + Air(インドネシア語で"地 + 水")』の一部でもある楽曲『Tanah』とともに、ダンプカーやトレーラー、広大な土地を整備する開発工事の映像が映し出される。また、次の楽曲『Kereta Tak Berhenti Lama』では走り続ける電車の映像が投影された。曲の最後、日本人にも耳馴染みのあるチャイム音メロディーをWukirが演奏する。インドネシアを走る鉄道の発車メロディーであるその音とともに、客席の照明が灯され、昔はインドネシアの鉄道でよく見られたというコーヒー売り4名が「コピ、コピ(インドネシア語でコーヒーの意味)」と言いながら客席通路を歩き回る。いまだ影でしか登場していないSenyawaの緊迫した音に、観客は拍手を起こす隙をも与えられていなかったのだが、前半セット中間のこの演出で客席が緩んだ。

 1セット目の後半でついにスクリーンが開く。WukirはたまにBambu Wukirを弾きながら飛び跳ねる動作をする。2年前に見た大阪MOERADOでのライブや、2週前のAsian Meeting Festivalとは様子が違い、明らかに興奮しているようだった。そのWukirの様子から、このコンサートがSenyawaにとって大きな意味を成すことをあらためて認識する。Senyawaとして活動開始以後、ヨーロッパやアメリカ、日本のフェスティバルなどへ招待され多数の公演を行なってきたが、本国インドネシアでは正式な単独公演を行なったことがなかったし、また知名度もなかったという。インドネシアでSenyawaの名が最近やっと知られるようになったきっかけのひとつは、インドネシアでも人気のBon IverがSenyawaを称賛し、それをインドネシアのメディアが報道したことだったそうだ。

 前半セットが終わり約15分ほどの休憩。そして後半セットが始まる。暗転し、Rullyが客席後方より歌いながらゆっくりとステージへ向かう。Rullyがステージのなかに消えると同時に舞台のカーテン幕が開き、Wukirがジャワの木製耕作機をモチーフに自作した「Garu」という巨大な楽器を演奏する。この弦楽器も低音、高音、パーカッションの役目をする音など様々な音が出て、Wukirは弓と指弾きを使い分ける。ループマシンとともに、1つの楽器から様々な音を紡ぎ上げていく。

 この後半セットではほぼ全編映像が投影され、楽曲は2015年にリリースされた『Menjadi』から多く演奏された。映像は、熱帯の食虫植物をマクロで撮影した映像から、#Berlin(*1)や#ISのハッシュタグを追ったTwitterの高速なタイムライン、野生動物と車による事故のニュース映像、焼かれる森林、ジャカルタ市内の河川に浮かぶ大量のゴミ、1998年ジャカルタでの反政府運動の様子、という風に移り変わっていく。最後の映像では、ジャカルタ州知事がイスラム教を侮辱したとされる発言で2016年11月に勃発したデモ運動の様子と、TVドラマの映像とがミックスされる。特にポリティカルなメッセージを発しようとしていることが伝わるこの後半セット。Rullyが『Menjadi』以降うたう歌詞はかなりダークになっている、と、Wok The Rockたちは言う。

 最後に演奏された『Tadulako』では、Wukirが料理に使用する木べらをもとに自作した小型ギターのような楽器「Solet」のディストーションを全開にする。メタルのようなリフと太いベースライン。Rullyが延々と放つデス声。Wukirは狂ったようにノイズを瞬発的に重ねていく。最後にはWukirはSoletを抱えたままエフェクターの前にうつ伏せに倒れ、フィードバックノイズを最高潮の地点まで持っていく。その様子にまた食ってかかるようにして叫び続けるRully。クラシック音楽やオペラの公演が行われてきたであろうこの由緒ある劇場に、メタルやハードコアに近い歪んだ音が響き渡る。この音と、歴史深いこの劇場。このギャップがなんとも不思議で心地よい。そしてSenyawaが数々のインタビューで自身が演奏する音楽について「強いてカテゴライズするならメタルだ」と言ってきた根拠がここにあると理解できた。メタル音楽を構成する要素の一部は、政治的思考とユーモアだ。この会場でのギャップはこれまでの規範や基準を脱することに成功したポリティカルな現象であるし、また観客からすればこんなフォーマルな劇場でディストーション全開の音を聴くという愉快な現象でもある。ちなみに、インドネシア語を話せない私は後にcafe MONDOオーナーShun氏のTwitter投稿により知ったのだが、Wukirがこの日着ていたTシャツに書かれていた「JEMBUT」とはインドネシア語で"陰毛"の意味らしい。(*2)

 音が止まり、2人はステージから去る。圧倒された観客からの拍手が巻き起こり、少し間をおいて冷静さを取り戻したSenyawaの2人が再びステージに登場。アンコールが始まる。Wukirはフルートを吹き、Rullyはステージの際に立ちマイクを通さずうたう。演奏が終わると観客は、スタンディングオベーションであらためて大きな拍手を送った。Rullyがすかさずマイクでしゃべり、Wukirが自作した楽器をステージ上にて見ることができると案内する。ステージ上に続々と観客が上り、RullyやWukirに賛辞を送る姿、また、このコンサートをSenyawaとともに作り上げた舞台裏スタッフたちを労う姿が見られた。


 約2時間に渡り開催されたSenyawa初のインドネシア単独公演『Tanah + Air』は、ジョグジャカルタを拠点とする表現者たちにより、一時的なアーティスト・コレクティブを結成して制作された。ジョグジャカルタから総勢14名でバスに乗りジャカルタへやってきた『Tanah + Air』チームは、クリエイティブ・プロデューサーのKristi Monfries、Wok The Rock、Kongsi Jahat Syndicate(*3)やLifepatch(*4)のメンバーなどで構成されていた。制作期間はたった3ヶ月ほどだったそうだ。ジョグジャカルタ拠点の仲間たちが集まったこのチームでは、誰かがトップダウンで決めるのではなく全員がアイディアを出し合って演出を決めていったと言う。ときには調子に乗ってふざけ合う彼らの肩肘張らない自然なクリエイションを間近に見ていると、芸術と音楽のギャップは何なのかと考えさせられた。鳴る音の種類や彼らの普段のノリは、明らかに地下のライブハウス界隈に近く、組織化されていない。しかし、インディペンデントな表現者が集まってそれぞれの創造的なアイディアを集結させたコンサートであり、芸術と呼んでもふさわしいのではないか?日本および欧米各地から"芸術家"として招かれる彼らは、観客や情報メディア、批評家たちが定義したがる文脈や枠組みからとっくに抜け出し、型にはまることのできない新しい表現のポジションを確立しているのかもしれない。

 「初めてインドネシアに来て、ジャカルタだけ?音楽調べてるなら、普通はジョグジャカルタに1週間でしょ!」と、このチームのメンバー数名に強く言われた。ジャカルタよりもオーガニックなネットワークがあり、大都会へ発展した首都ジャカルタとは違う、とジョグジャカルタの彼らは言う。『Tanah + Air』をもってしてジャカルタの人たちへ何かを警鐘したかったようでもあったし、さらには都市間のポリティカルな関係も示唆していたようだ。この場に居あわせたジャカルタ在住の人たちに感想を聞くと、アートマネージャーもDJもバンドマンも音楽ファンも、みな口を揃えてこのコンサートを絶賛していた。彼らのジャカルタでの挑戦は、これからどのようにジャカルタの人たちに影響を与えていくのだろうか。

山本佳奈子(やまもと・かなこ)
アジアの音楽、カルチャー、アートを取材し発信するOffshore主宰。 主に社会と交わる表現や、ノイズ音楽、即興音楽などに焦点をあて、執筆とイベント企画制作を行う。尼崎市出身、那覇市在住。
http://www.offshore-mcc.net

1* 2016年12月19日ベルリンのクリスマスマーケットにトラックが突っ込んだ事件により、この公演当時、ハッシュタグ #Berlin がトレンドワードになっていた。

2* Wukirが着用していたTシャツに『JEMBUT』と書かれていたことを、ジャカルタのcafe MONDOオーナーShun氏が指摘したTwitter投稿。
"昨晩のSENYAWAの単独公演、素晴らし過ぎた。ジャカルタ・ノイズ・フェスで初めて観た時、かなりぶっ飛ばされたけど、まさかここまで凄いことになるとは思いもよらず。今回の伝統ある会場にて、WUKIRが「JEMBUT(陰毛)」って書かれたTシャツ着て出てきたのにも感涙...最高。"
https://twitter.com/SHUNJKT/status/812167728756731905

3* 『Tanah + Air』にて舞台監督を務めたGoofyはKongsi Jahat Syndicateとして様々なパンク・ハードコア系バンドのインドネシア国内ツアーの企画制作を行っている。https://www.facebook.com/Kongsi.Jahat.Syndicate/

4* 『Tanah + Air』にて映像や会場運営を担当したAndreas Siagian、Adhari Donora, Dholy Husadaの3名は、ジョグジャカルタを拠点とするアーティスト・コレクティブLifepatchに所属している。http://lifepatch.org

写真:gus wib