Asian Meeting Festival in collaboration with Playfreely - CLOSER TO THE EDGE "Asian Meeting Festivalの価値、ネットワークの実体" 山本佳奈子

Asian Meeting Festivalの価値、ネットワークの実体山本佳奈子

04.jpg
 アジアン・ミーティング・フェスティバル(以下AMF)と称されるショウケースフェスティバルは、Asian Music Networkに おいて年間を通して行われるリサーチおよびフィールドワークの成果発表であり、日々全国で開催されている一般的な音楽ショウケースとは性質を異にする。アウトプットはショウケース形式をとることに間違いはないが、その背後では音楽家や作家、関係者それぞれが関心の枝を四方八方に張り巡らし、音楽や表現にベースを置いたコミュニケーションを行なっている。

 今回、私はシンガポールおよびクアラルンプールで開催されるAMF4日間に同行しレビューを書くこととなった。音楽批評としてのレビューを期待する方も多いことは承知しているが、この4日間の舞台裏も含めたプロジェクト全体のレビューを書くことにする。言葉で形容しがたいこの種の音楽を評することよりも、裏側を含めたプロジェクトとしての評を記録しておくほうが、音楽シーンおよび社会におけるこのフェスティバルの価値を示せると判断したためである。

 シンガポールでAMFを共催したのはThe Observatoryというバンドであり、彼らが2011年から行なってきた実験的音楽のためのイベント「Playfreely」と合同開催された。Playfreely(*1)とは、The ObservatoryボーカルのLeslie Lowいわく、大友良英が2005年より個人企画イベントとして続けてきた「アジアン・ミーティング(*2)」にインスピレーションを得て始めたイベントである。またクアラルンプールでは、エクスペリメンタル・フィルム、ヴィデオアート、音楽などのインディペンデント・フェスティバル「KLEX(*3)」と合同開催された。AMF2015に出演したKok Siew Wai、AMF2016に出演したYong Yandsenなど、アーティストたちが自ら作り上げるフェスティバルであり、毎年クアラルンプールにて11月頃に開催される。

 このAMFが日本以外の地で開催されたことは今回が初めてだった。これはアジアにおいて実験的精神をもって音楽活動に取り組む音楽家のネットワークに中心が存在しなくなったことを示す。ジャパノイズと海外から評された音楽のど真ん中にいた大友良英やJOJO広重が参加しておきながらも、観客からの熱視線はこのギターレジェンドたちのみに当たるのではなく、すべての参加アーティストに均等に当てられていた。この種の音楽の先駆者はアジアにおいて日本に多かったことは事実かもしれないが、アジア諸地域から新たな才能が頭角を現しているのが現在だ。

 各日公演終了後、観客の幾人かにインタビューしてみると観客は多様なバックグラウンドをもった人たちで、即興音楽に親しんでいる人ばかりではなかった。特に象徴的だったのは、AMFクアラルンプールにおけるアンコールでの現象だった。コンサート最後の演奏が終わり、観客の拍手が鳴りやまない。誰かから「アンコール!」と声がかかり、続いて「Senyawa!」と叫ぶ観客がいた。そして自然と観客の多くからSenyawaコールがかかり、この日セットになかったRully ShabaraとWukir SuryadiによるデュオSenyawaとしてのアンコールが始まる。

 その場に居合わせた観客に声をかけ話を聞いてみると、現在マレー系のハードコアやパンク、メタルファン層を中心にSenyawaの名前が広がっており、2人の名前がラインナップされていることを知りやってきた人も多かったようだ。(インドネシア語とマレー語は非常に似ており文字情報を共有できる。)話を聞いた観客は、インドネシアからマレーシアにやってきた移民で、彼もSenyawaを目当てに来たとのことだった。しかし彼は「Senyawaのみでなく他のアーティストのパフォーマンスすべてに興奮した。愛聴するメタルやパンク以外の未知の音楽に出会えたことが素晴らしい」と大喜びで語ってくれた。インプロヴィゼーション、ノイズといった音楽の手法も取り入れて演奏するSenyawaは、音楽シーン独特の固着化したコミュニティを破壊し、次の次元へと音楽を進化させた。これ以降、この音楽の更地化が進めば、くだらないカテゴライズによって音楽自体が窮屈な思いをしなくても良い時代が来るんじゃないだろうか。そんな希望も得たSenyawaのアンコールだった。

 さらには映像作家が参加アーティストとしてラインナップされることもAMFにおいて初めてだった。牧野貴はソロでの上映とセッションでの上映、両方に参加した。ときに視覚表現と聴覚表現はどちらかが優勢や劣勢となったり、どちらかがどちらかを潰してしまい、良いコラボレーションワークが見られないこともある。しかしクアラルンプールでの牧野貴・C. Spencer Yeh・Kok Siew Waiによるトリオでは、映像の粒子と音の粒子が見事に絡み合い、この3名だからこそ生み出された幻想的な空間と時間に唸るほかなかった。大牟田から参加した村里杏いわく、これまで音楽同士でのセッションは多々行ってきたが、音楽以外とのコラボレーションによってさらに表現が拡大できる可能性を感じたとのことだった。インプロヴィゼーションやノイズという言葉ではおさまりきらないこの音や作品を、狭いコミュニティから引っ張り出して新たな層に手渡す試みが成功したと言えるだろう。

 シンガポールに全出演者が到着してから4日間。合宿のように過ごしたアーティストたちは、それぞれとコミュニケーションを交わし、日に日にその関係性が深化していた。Tara TransitoryとDharma Shanは、シンガポールからクアラルンプールへ向かう長時間のバスの車中、お互いが近年経験してきた世界各地でのプロジェクトを情報交換し、互いに次の制作へのアドバイスを行なっていた。シンガポールに到着してからずっと不安そうに見えた荒川淳の表情に明らかな変化が見えたのは、シンガポール2日目のコンサートを終えた頃からである。荒川はその日の昼にSudarshan Chandra Kumarとランチへ行き、英語が得意でないながらも情報交換をした。また出演者のなかでも特に気になっていたと言うギタリストのDharma Shanとデュオ演奏を行なった。そういった密な交流が、彼のなかで心を開く準備を整えたようだった。福島県郡山市という地方でどう活動を続けていくのか。沖縄に住む私と情報交換をするなかでも、荒川はこの時点から地元と国内そして海外を分け隔てなく渡り歩くための先の希望を見据えて話しているようだった。

 冒頭に書いたように、AMFはショウケースでありながらショウケースでは見せることのできない裏側に真髄がある。それぞれのアーティストが拠点で築いてきた活動や考えを共有する場であり、長い目で見た将来への種植えでもある。現に、今回AMFクアラルンプールを仕切ったKok Siew WaiとYong Yandsenは、過去のAMF出演者である。彼らが今年11月に行なったKLEXにはこれまでとは比較にならない集客があったと聞いており、彼らが地道に続けてきた活動にAMFが何らかの影響を及ぼしたと考えてよいだろう。また、すでに上述した通り、Playfreelyは大友良英が個人で企画していたアジアン・ミーティングに端を発するものであり、The Observatoryはシンガポールのシーンにおいて、その名の通り自由な音楽表現をPlayfreelyによって約5年間かけて醸成してきた。

 昨今、あらゆる国際交流プログラムで「ネットワーク」という言葉が乱用されている。AMFおよびAsian Music Networkも「ネットワークの形成」を目的としているが、この4日間舞台裏を含めて観察している限り、そのネットワークの形成は各参加者に委ねられているようだった。次に何のアクションを起こすか。誰と会話するか。どこにランチに行くか。ネットワークという言葉が人的ネットワークを指すのであれば、各人に委ねられて当然であるし、人の行動までアートプロジェクトに操られる筋合いはない。AMFにおいてプロジェクトディレクターであるdj sniffとYuen Chee Waiが仕掛けるのは、アジア広域に散らばったアーティストたち、すなわち点を集結させショウケースの場をセッティングすることのみであり、そのショウケース以後はまた各地に散らばる点となる。それぞれが将来協働プロジェクトを起こすのか、またツアーに出かけ再会するのか等、誰も統制しないしそれぞれの参加アーティスト次第である。だとすれば、ショウケースではネットワークが形成される以前の出会い頭の手合わせを披露していることとなり、観客としては、その場に立ち会えることはスリリングで刺激的ではないだろうか。さらに私たち観客に課せられることがあるとすれば、この参加アーティストがこれから築くネットワークは東南アジアで完結しないという想像力である。ASEAN地域を中心に集められたアーティストたちの多くは、ASEAN以外の東アジアおよび全世界にも目を向けている。ASEAN地域で出会ったこれらの点と点による反応が、広大なアジアも超え、全世界に飛び火していくことを期待する。


山本佳奈子(やまもと・かなこ)
アジアの音楽、カルチャー、アートを取材し発信するOffshore主宰。 主に社会と交わる表現や、ノイズ音楽、即興音楽などに焦点をあて、執筆とイベント企画制作を行う。尼崎市出身、那覇市在住。
http://www.offshore-mcc.net

1* Playfreelyとは本文に示した通り、シンガポールにて現在Leslie Low、Vivian Wang、Cheryl Ong、Yuen Chee Waiの4名で構成されるバンドThe Observatoryが企画運営するフェスティバルである。2011年から開催されているが、バンドのツアーやレコーディングにより開催されない年もある。2014年は「Playfreely+」として開催され、大友良英・Yuen Chee Wai・Yan JunとともにFENとして活動するソウル拠点のRyu Hankil、SenyawaのWukirなどによるワークショップ、さらにはパネルディスカッションなども行われた。
https://www.facebook.com/playfreelyexperiment/

2* 本文中で「アジアン・ミーティング・フェスティバル(略記AMF)」と「アジアン・ミーティング」を敢えて分けて表記している。筆者の表記分けとしては、前者は国際交流基金アジアセンター主催のもとに大友良英をアーティスティックディレクターとして迎えた2014年以降のものを指す。また後者の「アジアン・ミーティング」とは、それ以前に大友良英が個人企画イベントとして開催したものを指す。The ObservatoryのLeslie LowおよびVivian Wang、当時The ObservatoryのメンバーではなかったYuen Chee Wai、そして当時アムステルダム在住であったdj sniffは、2009年のアジアン・ミーティングに出演した。なお、以前のアジアン・ミーティングも、正式名称は「アジアン・ミーティング・フェスティバル」であるが、当時の大友良英ブログ(大友良英のJAMJAM日記)などでは「アジアン・ミーティング」と略称されることが多かったため、略称表記を採用している。
参照:
大友良英「特殊ライブ、アジアン・ミーティングいよいよはじまりまーす」(大友良英のJAMJAM日記)2009/10/22,http://d.hatena.ne.jp/otomojamjam/20091022
大友良英「アジアン・ミーティングご来場ありがとうございました」(大友良英のJAMJAM日記)2009/10/28, http://d.hatena.ne.jp/otomojamjam/20091028

3* KLEXとはKuala Lumpur Experimental Film, Video & Music Festivalの略であり、2010年より毎年11月頃に開催されている。2014年からはクアラルンプールのオルタナティブ・スペースFINDARSおよび同ビル内にあるギャラリーLostgensを主な会場とし、約1週間にわたり様々なプログラムが行われる。
http://www.klexfilmfest.com