アーノント・ノンヤオ
聞き手=須川善行
◯人々が合奏するためのセッティング
―― 今回のプロジェクトについて、簡単にご説明していただけますか。
今回ここでやろうとしているプロジェクトは、昨年始めたプロジェクトから継続したかたちのものです。具体的には、まずカンボジアのプノンペンにあるホワイト・ビルディングのレジデンスでやったプロジェクト、そしてその後に横浜の黄金町でやったプロジェクトがあって、そのたびに少しずつ発展させてきていますが、その発展形としてまた今回やることになりました。アジアン・ミュージック・ネットワークのディレクターのチーワイさんが声をかけてくれて、結果として今回ここで招待していただいてやることになりました。
今回私がやりたいのは、特に観客も含めていろいろな方を巻き込んで何かをやるということです。具体的にはワークショップをやって、そこで自転車を一緒に作ります。自転車は、移動するためのものですが、みんなで一緒に自転車を作ることで、動く楽器を作り出そうと思っています。
私は公共の楽器や、公共の音というものに興味をもっています。タイでは、特にお寺に行きますと、いろんな音があふれています。お寺の中には、公共の楽器が置いてあって、誰もがそれにさわって自由に演奏しているのです。楽器を演奏しているのか、祈っているのかはわかりませんが、そこでは音が成り立っています。それは私にとっては、できあがった音楽というよりも、本当に自由な音だなという気がします。私自身は、それをどうやって自分で作り出せるかということに興味があるわけです。それは同時に、誰もが楽しめる音という意味でもあります。
ーー 今回、埼玉ないし大宮の人とやろうとしているのは、どういうことですか?具体的に自転車とか見せていただきながら説明をいただければ。
これは今回の埼玉トリエンナーレのワークショップのために作ったプロトタイプです。これはひとつの例にすぎませんが、とてもシンプルなかたちで自転車の動きを音に変えていくシステムを、しかも参加者が簡単に仕組みとして作れるものを目指しています。
これはCDを切りとったもので、本当にどこにでもあるような材料です。これを回転している車輪に繋げるだけで、音が鳴るという簡単なシステムです。ひとつ難しいのは、どうやって車輪に繋げれば、効果的に回って音が出るようになるのかというところですね。
―― この制作中の映像はインターネットにアップしてあるんですか?
はい、もう誰でも見ていただけるようになっています。
―― この自転車がいま外に置いてあるわけですね?
自転車にはいま色をつけているところです。
ーー 人を実際に乗せて動かすことを意図している?
そうです。
ーー ではこれも、こういう画像だけれども、実際には街を走りながらかちゃかちゃいうのですね。
そうです。これは本当にひとつのサンプルにすぎません。実際にどうなるかは、ワークショップに参加される方々によりますが、実際に乗って最終的に音がなるというようになります。
ーー すごいですね。こちら側にあるのは何ですか?
これもとてもシンプルなキーボードを解体したもので、自転車にくっつけます。元の基盤をベースに、新たに100円ショップで買ってきたボタンなどを付け足して、キーボードを演奏するというより、例えばこれを僕が押して、あなたがこう押したら、それで合奏ができる、みたいなものに変えています。
ーーどんな音が出るんですか?
キーボードの音です。ドレミファソラシドではなくてそれぞれ好きにセッティングを変えてあって、ここを押すと何かの音が出る、別のボタンを押すとまた別の音が出る、という具合になっています。基盤のセッティングによって出る音が変わるんです。
これを押したらドの音が鳴って、これを押したらミの音が鳴って、といったボタンを4つくらい作れば、それぞれが好きに演奏ができることになります。
私自身は、どんな音が演奏されているかよりも、どのように人々が一緒に合奏できるかということに興味があるので、そのためのセッティングです。
ーー これも自転車に乗せるのですか?
はい。
ーー 自転車のどのあたりにこれをつけるのですか?
前の方です。
ーー 市の皆さんとはどういう形でワークショップをやろうと思っているんですか?
CDを皆さんに配って、型をとって切ってもらうことで、ギアを作ろうと思っています。
ーー それでさっきの映像のようにくるくる回すわけですね。
そうです。実際にどうやって自転車のまわりにつけていくかは参加者自身に考えてもらいます。
ーー こうやって切ったCDは、CDプレイヤーで再生することができるのですか?
できません(笑)。やってみてください、できないと思います。
ーー ここは何をするための場所ですか?
ここに実際に自転車を持ち込んで、ここで作業しようと思っています。自転車は2台あるので。
◯人の声や音に耳を傾けるのが好きだった
(部屋を移動して)
ーー このような活動をするきっかけを教えていただけますか?
若い頃から、とにかくなぜか、人々が話していたり何かしていたりするところを、座ってきいていることが好きでした。なぜこんなに耳をすまして、人々が話している声やいろいろな音を聴くことに興味があるのか、自分もよくわかりません。でも、それを知るためにこれをやっているのかもしれません。とにかく座って耳を傾けているのが好きなんです。こうやって実際にワークショップをやっても、やってもらって最終的に聴くのが一番好きなんです。そこで初めて出会った人たちが、一緒に演奏していて、そこでどんな音が生まれるのか、とにかく僕は座って聴いてみたいですね。
ーー アーノントさん自身は音楽というより美術を勉強してこられたわけですよね。そこから音の方へシフトするきっかけは何だったんですか。
何かをきっかけに音に焦点を変えたとか、美術から、音の方に興味が移ったというふうには自分は思っていないんです。美術作品を作っているときにもいつも音を扱っていました。どうやって音が自分の作品と共同できるのか、協力しあえるのかということに興味があったんです。自分がそこに興味があることに気づいていて、なぜだろうと思ってはいました。そういう自分を観察する過程で、今のかたちになってきたので、どこかで変わっただとか、何かをきっかけに音に焦点を置くようになったということはないんです。本当に観察して、自然に自分の興味を追求していく結果として変化してきたんです。
ーー アーノントさんは去年、今年と日本でワークショップをされていますが、それ以外にも例えばケベックとか、タイ以外の国でもこうした活動をしておられますね。自分の国以外の人たちと共同作業するときに、大変なこと、難しいこと、気をつけるべきことはどんなことでしょうか?
自分の国以外の人と作業することを難しいと思ったことはないですね。僕はいろいろな文化をもつ方々や、いろいろな異なる文化そのものに興味がありますが、異文化の中に流れる声は当然言葉の意味がわかりませんから、純粋にいろいろな音として言葉を楽しむことができます。実際に国外に出たときには、そうやってその言葉の音を聞くことで、インスピレーションを受けて作品を作ることが多い気がします。
ーー 国によって国民性があって、同じことをやっても違った結果になることもあるのではとも思いますが、その点はアーノントさんはどのように考えていますか?
文化によって反応も違うのは確かで、自分にとってはチャレンジというか難しいことではあります。でも、それは結局、いろんな場所でレジデンシーをやるにしても、その地域の人々とどうやって本当に触れ合うことができるのかという問題です。プノンペンでやったときもそうですが、それはやはり難しいわけです、言葉もわからないし、文化も違いますから。でも、やはり音を通して、繋がることはできると思っていますし、それは私にとってとても重要なことです。黄金町でやったときも、その自転車を作って、音が出る自転車でいろいろなその公共の場に乗っていきました。自分が作った自転車で、公共の場で音を鳴らすと、いろいろな知らない人が集まってきて、最終的には知らない人同士みんなで演奏することになりました。そういうふうにその地域の人が繋がることができたら、自分にとっては成功の証であるので、それをチャレンジとして自分でも受けとめて目指しています。
◯サンデー・マーケット・オーケストラ
ーー アーノントさんのやっている他のプロジェクトのことも教えていただけますか?
チェンマイで、コミニュティ・プロジェクトをやっています。友人との共同ディレクターで立ち上げたもので、アーティストに限らず、音に興味のある人たちの集まりです。いろいろなワークショップやライブのイベントなどを企画・運営しています。
ーー 大友さんとはどんな出会いがあったのですか。
ディレクターの有馬恵子さんが、私と私の友人のビックに、アンサンブル・アジアをチェンマイでやりたいということで声をかけてくれて、サンデー・マーケット・オーケストラという企画をしました。そこに大友さんにも来てもらいましたし、チェンマイでワークショップをやってもらったりもしました。
ーー サンデー・マーケット・オーケストラのプロジェクトはうまくいきましたか?
プロジェクトで使える日数は3日間でした。最初の日に大友さんたちのプレゼンテーションがあって、2日目にワークショップをやりました。タイではそこらじゅうに日曜日に市場が開かれるんですが、3日目にそういう市場で、ほとんどハプニングのようにしてパレードをやりました。大友さんのワークショップに参加された人を含めて、サンデー・マーケット・オーケストラがそこで立ち上がり、いきなり演奏が始まる、というようなものでした。地域の伝統音楽の太鼓なども使われていましたね。
ーー 僕自身はタイの音楽が好きで聴いているのですが、モーラムは聞かれますか?
モーラム、好きですよ、どんな音楽でも聴いていますので。